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 ドラッグストアーは一つに絞った。  金を出しているのだから犯罪ではないし、何より隠れるように店を点々とする行為をすれば、その思いが覆るようで嫌だった。  加納は大抵午後七時半にドラッグストアーに出かけた。  夏から始めた司書講習から帰宅すると、その時間に丁度店の前を通るのだ。  おのずと、店員も一致してしまうが、自分の行いが広がらないことに不満はなかった。  店員は一番初めに薬を売ってくれた男ではなかった。  二十代半ばの青年で、髪の色素が抜けている。  淡々としていて、加納が薬をいくら買おうが意に介さなし、それどころか、会員カードを作らないかと勧誘すらしてくる始末だった。  彼は、客の健康には興味がないのかもしれない。  カードで点数が溜まることが生産性を感じさせて、加納はますますドラッグストアーに身を滑り込ませた。  しかし、頭痛は治まらない。  そればかりか、以前よりもひどくなる一方で、講習時も眩暈を催すほどの痛みに襲われた。  講習時間は九十分刻みで五回行われる。  一回の講習で、三回もトイレに発つ加納を、講師陣がどう捉えているのか、気になるところだった。  今日もリュックの中に頭痛薬を入れ、講習が開かれる大学へと足を運んだ。  イヤホンで鼓膜を封じ込め、歩幅を大きくする。  獣医学校のグラウンドでは乗馬がなされていて、馬の鬣が垣根から覗き見られた。  その茶色い波が、自由を毟り取られた弱者の名残として脳に蔓延り、通学する日は必ず柵に囲まれた馬に視線を送った。  擦れ違う通行人は慣れているのか、素通りを決め込んでいる。  加納だけがバリケードに引っかかるように、釘つけにさせられているのだった。  立ち去るには呼吸を我慢し、俯いて駆け抜けなければいけない。  走ったとしても、無色のラバーに包まれ、速度は落ちてしまう。  歩くために走らなければいけないことに、汗がじわりと浮き出した。  それでも、加納はこの道を通るのを止められなかった。
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