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式の時間が迫っていて、会場である体育館に近づくと、卒業生が外で待機していた。
「あー!みのりんだ!」
「みのりん!」
一部の児童が気づき、待機していた列から数人がこちらに向かって駆け出してくる。その場にいた先生の注意も聞かず、楠木は嬉しそうな顏をした大勢の児童たちに囲まれる。
「みんな、元気してた?今日はみんなが主役だよ」
「みのりん来てくれてありがとう!」
「ありがとう!」
楠木と児童の関係性が一瞬でわかる。きっと楠木は児童に愛された先生だったに違いない。
「おーい、おまえら、後にしろー」
「スーギー、ヤキモチだ!」
先ほどまでジャージでうろついていた杉浦も今日に限ってはスーツを着ていて、こちらに近づいて、児童に列へ戻るように促す。楠木に手を振って、児童たちは杉浦の言うことを素直に聞いた。
「大丈夫か?」
「うん。ここまで和田先生に案内してもらったのよ」
杉浦はちらりと自分を見た。
「悪いな」
軽く杉浦に頭を下げ、楠木に向き直って行く先を指差した。
「そろそろいきましょうか。来賓席はこちらです」
「ありがとうございます。ミツくん、あとでね」
「おう」
二人の間を流れる空気が一瞬にして、二人の世界を作ったのがわかった。長く信頼関係を築いたからこそ、二人の間には会話もいらないし、遮るものもない。
ただ、和田は気づいてしまった。二人の関係は、恋人や夫婦というよりも、血のつながりに似た、いわば家族のようなものであると。
二人は長い時間をかけて今の関係に落ち着いたのかもしれない。
楠木を来賓席に案内し、和田は受付に戻った。
受付してくれた五年生の児童も会場に向かわせ、佐藤と二人で受付で式が終わるのを待った。しばらくして、体育館から仰げば尊しが流れてくる。
その歌声に耳を傾けながら、高く晴れ渡った空を、和田は眩しそうに見上げていた。
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