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校門の前には、これから終礼を終えて出てくるであろう卒業生を待っている保護者や部活の後輩らしき在校生が大勢いた。
そんな中、楠木と和田は人ごみをかきわけるようにして、校門までの道のりを歩いていた。
徐々に、杉浦の言葉の意味を理解し始めている自分がいる。本当なら、楠木も挨拶をしたかったはずだ。
校門に近づくと、ワンボックスカーが止まっていた。おそらく楠木を待っていたのだろう。あと数メートルといったところで、車のスライドドアが開いた。
体調のことを考えるとこのまま楠木は帰ったほうがいいのは間違いない。車に手をかけようとしたそのときだった。
「みのりん!」
児童の呼ぶ声がして、楠木と顔を見合わせて振り返ると、十数名くらいの児童がこっちに向かって走ってきていた。
その声が聞こえたと同時に、支えていた和田の体から離れ、楠木はまっすぐと背筋を伸ばした。
「みのりん!」
名前を呼びながら次々と児童は楠木に抱きついてくる。
その光景を自分も、その場にいた保護者もみんなあっけにとられて見ていた。
「ちょっと、みんなどうしたの終礼は?」
「スーギーが、みのりんに挨拶してこいって」
「ねぇ、みのりん、どこか行っちゃうの?」
「やだよ!スーギーを置いて行かないで」
児童たちは口々に言いながら、その目には涙をためていた。
「やあねぇ、先生はどこにも行かないわよ」
「本当に?」
「本当よ。それよりみんな卒業おめでとう。中学生になってもしっかりね」
「みのりん!」
「ありがとう、みのりん……」
児童たち一人一人の頭を撫でる楠木は、しっかりと自分の足で立っていて、さきほどまでの姿とは別人だった。
和田はその場でじっと児童と楠木のやりとりを見ていた。
そして運転席で、楠木の恋人は静かに泣いているのが見えた。
ふと思った。楠木みのりもまた、優しい嘘をつく人なのだ、と。
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