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「俺が赴任してきたときに、あいつが一年生の担任で、俺は副担任になった。俺より二年も上の先輩のくせに、本当にそそっかしい女で、どっちかっていうと見てられなかった」
確かに、ちょっとドジっぽいところは垣間見えた気がした。
「どっちかっていうとあいつを見て児童がちゃんとしようって思うっていうか、そんなところがほっておけなくなって、気づいたら好きになってて、児童たちの煽られるまま、みんなの前で告白して、それから付き合うことになったんだ」
「それで公認に……」
「あとから教頭にめちゃくちゃ叱られたよ。たぶんあいつは、俺のこと好きじゃなかったと思うけど、引き下がれなくなったんだろうな。OKしてくれてさ。それからは児童、保護者、学校、公認の仲になったけど、それからは俺があいつの世話を任されるっていうか」
「なるほど……」
「本当にいつも失敗ばかりだし、先生としては落ちこぼれなんだけど、それでもみんなには愛されてる。そんな女だった」
それはわかる気がした。あの無邪気な笑顔を見ると何より憎めない。きっと児童も同じ気持ちなのだろう。
「病気のことだって、体調が悪いって気づいてたくせに学校を休むのが嫌で病院に行くのを後回しにしたから手遅れになった。どこまでバカなんだって話だ」
バカだと言っているわりに、その言い方には愛があるように感じた。
「それから子宮摘出手術を受けたけど、すでに癌は全身に転移してることがわかった。学校も辞めなきゃいけなくなったあいつに、俺ができることはなんだろうって必死に考えた。最終的には俺も学校を辞めて、あいつと一緒にいることを選ぼうとした。でも気づいたら歯車が狂ってたんだ」
「狂ってた?」
「俺があいつのためにって思ってしたことのほとんどが、あいつを苦しめてた」
杉浦の、苦しめてたという言葉に、なんとも言えない気持ちになる。
確かに、楠木は杉浦と一緒にいることがつらくなったと言っていたが、『愛されていたんだと思います』とも言っていた。杉浦が選ぼうとした道は楠木は望んでいなかった。楠木は杉浦に先生を辞めてほしくなかったのだ。
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