第十一章:恋をすると盲目になる

2/7
2003人が本棚に入れています
本棚に追加
/160ページ
 だから、彼が失恋して仕事も上の空になってミスを連発するようになり、何かできることはないかと模索する毎日が始まった。最初は親心のような気持ちで見守っていたはずなのに、いつからだろうか、気づいたら目が離せなくなっていた。恋愛対象が男だとわかっていてわざと手を出させるように仕向けたり、煽ったりした。今思えば、彼を慰めたいという気持ちと、自分の好奇心が交錯していたのは認める。拓海に抱かれたときも思っていたより男との行為に嫌悪感はなかった。むしろ一生懸命自分に尽くしてくれる拓海が愛しいと思えたし、男同士も悪くないと思った。  失恋の痛みは新しい恋で上書きする――とはよくいったもので、拓海は元気を取り戻していったように見えた。自分もまた、彼と過ごす毎日が充実していたが、そのときの自分は拓海を恋人として迎えることができない事情にいて、そのことが拓海に伝わり、二人は離れることを選んだ。当然の結果だと思う。自分にとってひとつの節目であった卒業式を迎えるまでは仕方ない、と。  卒業式が近づき、いよいよ自分もけじめをつけるときがきた。かつての恋人、楠木みのりも卒業式をひとつの節目と考えていた。彼女の誕生日に病院を訪れたとき、彼らから『春からホスピスに行く』と聞いた。「海の見える場所で最期を迎えたい」と笑って話すみのりの望みを叶えるカタチになるのだと思う。籍を入れたがる恋人を拒む彼女との攻防は、おそらく彼が粘り勝ちするだろう。あのとき、二人には心から幸せになってほしいと思えた。  幸せそうな二人を見て、自分も好きな相手と過ごす幸せを重ねていた。けれど表向き恋人がいる自分と離れることを選んだ彼を追いかけることは自分はできなかった。みのりを見送って、改めて一人で生きていく覚悟を決めなければいけないと考えていた自分を、彼は諦めないでいてくれた。現実に向き合うのが怖かっただけの自分を、好きだと言ってくれた。たくさん傷つけて、嫌な思いもさせて遠ざけたはずなのに、それでも自分を好きでいてくれた。誰の代わりにもなれないと言ってくれた。そこから自分たちは恋人としての関係をスタートさせ、今に至る。  みのりの物で溢れた家を片づけて、拓海の住む部屋に引っ越した。その部屋は、皮肉なことに拓海のかつての想い人が住んでいた部屋ではあったが、その想い人とも、その恋人とも、不思議な縁でつながり、新たな環境で今年度がスタートし、一ヶ月が経過した。  自分を愛おしそうに抱きしめる恋人は、隣に住んでいることをいいことに、毎日のように訪ねてきては、こうして一緒に朝を迎えている。大切な存在であることは認めるが、こんなに溺れていていいのだろうか、溺れさせていていいのだろうか、と一抹の不安はよぎる。  レースのカーテンが五月の風に揺れている。この不安も風に吹かれてどこかへ飛んでいってしまえばいいのに、そう願わずにはいられなかった。
/160ページ

最初のコメントを投稿しよう!