第十一章:恋をすると盲目になる

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「おはようございまーす」  体育教師である自分はジャージに着替えるために早めに出社するので、だいたい職員室で一番乗りだ。今日は、珍しく先客がいることに驚いたが、その先客である佐藤は職員室の中で書類を抱えて走り回っている。 「どうしたんだ、そんなに慌てて」  机に鞄を置きながら、その佐藤の背に声をかける。 「あ、杉浦先生! いや、実は今朝の会議資料を急遽、印刷してまして」 「え?」  会議資料は当番制になっていて、確か佐藤ではなかった気がした。そして、ふと見慣れた顏が頭をよぎる。 「もしかして、たっくんですか?」 「あー、はい」  佐藤がしまった、という顏をした。拓海といえば、昨晩も杉浦の家に来ていてたが会議の準備をしている素振りはなかった。 「さっき電話して確認したら、忘れちゃってたみたいで、アハハ。あ、杉浦先生、あんまり怒っちゃだめですよ」  二年目だから気が緩んでるのかな、などと佐藤は笑っていたが、そんな話を聞いて何とも思わないわけがない。  今年度が始まって一ヶ月。最近、拓海のミスが目立ってきている。原因は明らかだ。最近の拓海は、公私の区別が出来ていない。職場でも顏を合わせ、さらに仕事が終わってからでも、拓海は杉浦と一緒に過ごしたがる。杉浦から言いだすことはほとんどないし、自分がやらなければいけない仕事を持ち帰っているときは会うことを断っている。しかし拓海は違う。少しでも時間ができれば杉浦に会いに来る。  やるべきことをやる、まずはそれが社会人として最優先だというのに、今の拓海はそれがまったくできていない。もちろん拓海だけが悪いわけではない。そこも含めて教育するべきだった自分の落ち度でもある。  それ以外でも彼の行動は目に余ることがある。最近、職場で二人きりのときには体に触れてきたりするのだ。もちろんやんわりと制止しているが、男同士ということもあるので、そもそも誰が見ているかもわからないところでは一定の距離を保つべきなのだろうと思う。  拓海を好きであることには違いない。自分だって、できれば長く関係を続けていきたい。ただ、今のままではいけない。その思いが確信に変わった。  昼休みに、夜、家に行ってもいいかとメッセージで確認すれば、もちろん、とハートマークつきで返信があった。自分の決断を聞いて、彼はどう思うだろうか。別に永遠の別れじゃないし、これから先、長く続けていくために必要なことだと理解してもらうしかない。  仕事中に恋人と目が合えば、愛おしい笑顔を返してくれる。この笑顔をこれから先もずっと守っていきたい。そのためだと、自分に言い聞かせた。
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