第一章:小さい先輩の大きな背中

2/8
前へ
/160ページ
次へ
「けど忘れないで、要を幸せにできるのはきっと俺だけだよ」 「拓海……」  獅子ヶ谷要(ししがやかなめ)は心配そうに瞳を揺らした。 「だから背中を押すのも俺の役目なんだと思う」  見つめ合っていた要の両肩に手を乗せ、くるりと背を向けさせた。 「行っておいで、要」 「え……」 「もう迷ったらだめだよ。諦めちゃだめだよ」  背中に届いた自分の声をかみしめるように、要は扉を開けた。  じわりと浮かぶ涙を見せたくなくて、顏を伏せていると、要は肩越しにこちらを気にしている。何か言いたいことがあるのだろう。  けれど、今はそれを聞いてはいけないと思った。今、自分がするべきことは、要の背中を押してあげること、好きな人のもとへ送り出してやることだ。 「早く」 「拓海……」 「早く、行って」 「う、ん」  扉が閉まる音がした。  最初からわかっていたんだと思う。  たとえ、体を繋げたとしても、要が自分のものになることはない、と。
/160ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2004人が本棚に入れています
本棚に追加