第一章:小さい先輩の大きな背中

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 二学期が始まって、もうすぐ一ヶ月になろうとしていた。  和田拓海(わだたくみ)は、今年の春から小学校の先生として働くために上京した。  赴任先の小学校では一年生の副担任を任され、とにかく初めての仕事の連続に戸惑ったが、今ではなんとか、先生として児童にも認知されてきたように思う。  追われるように毎日を過ごしていたら、気づけば秋になっていた。  仕事に集中していたからきっと、余計なことを考えずに済んだのかもしれない。  人生で一番大事なことは、恋愛ではない。でも、忙しい毎日の中で起こるつらいことや悲しいことは、恋愛によって癒されることもある。好きな人に会えたら、それだけで一日が幸せになるし、自分が愛されていると思えば自分にも自信が持てる。  だから、自分の好きな人が自分を愛していないとわかったら、他に愛する人ができてしまったら、きっと毎日も楽しくないし、自分にも自信がなくなってしまう。  そして傷は、ふとしたときにもじゅくじゅくと痛み、日常生活に支障をきたしてしまうかもしれないのだ。 「いたっ」  後頭部を丸めた本のようなもので、ぱしんと叩かれて我にかえる。 「またボーッとしてる」 「す……みません。あ、頼まれてた資料は終わってます」 「そうじゃなくて。たっくん、俺に叩かれたの今週何度目よ?」 「う……」  隣の席の杉浦が教室から戻ってきていることに和田は気づかなかった。ふと時計を見れば、終礼の時間を過ぎていた。  最近は、時間があるとついぼーっとしてしまう。  担当クラスの担任で、一緒にいることの多い杉浦光毅(すぎうらみつき)はそんな自分を見つけるとぱしんと軽く頭を叩いてくる。叱っているという雰囲気ではないのだが、いつも叩かれてから我に返る自分をからかって楽しんでいるようにもみえる。
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