第一章:小さい先輩の大きな背中

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『それなら貴方に、要を任せていいんですね?』  今思えば、どうしてあんなことを言ってしまったのだろう。  ずっと好きだった獅子ヶ谷要(ししがやかなめ)に恋人が出来た。よせばいいのに、結果、煮え切らないその相手に引導を渡してしまった。  要の一方的な想いかと思っていたら、その見るからにガラの悪い男は自分のことを鋭い目つきで睨みつけ、『俺の要に指一本触れてみろ。素っ裸で東京湾に未来永劫浮かんでこれねーように沈めてやんぞ』と言い放った。  どう見てもカタギではないような迫力に自分や要とは住んでる世界の違う人種だと確信した。 要のことを大切に思ってくれているのは伝わるが、どう考えても人間性に問題があるような気がしてならない。 ――要は、あの人のどこが好きなんだろう。  そう思う反面、要の近い未来は明るいものになると感じた。  まさか、要を幸せにできる人間が、あんなガラの悪い男になるとは思わなかったけれど。  自分は、獅子ヶ谷要を愛していた男でありながら、友達の少ない獅子ヶ谷要にとってある程度、信頼のおける友達ではないかと思っている。  未練がましく足掻いて、要にすがって、考え直してもらうこともできたかもしれない。  けれど、一番そばにいて、時としては要の背中を押せる親友でありたいと最後までカッコつけてしまった。  どこまでもイイヒトを演じていたいのは、要に対する精一杯の見栄なのだ。 「たっくん、終礼いくぞ」 「は、はい」  慌てて出席簿を小脇に抱え、先を歩く杉浦の後を追う。 次々と教室から戻ってくる先生たちで賑やかになる職員室を後にして、担当している一年三組に向かう。 杉浦はいつも授業が終わると、副担である自分を職員室に呼びに来てくれる。 よほど、授業が遅れない限りはこれがいつものことだ。 「まぁ、たっくんは少し真面目すぎるくらいだから、今くらい気が抜けててもいいけどね」 「いえ、先生にご指摘を受けるようではダメですから」 「ほらー。そういうクソがつくほど真面目なとこ」 「そんなことありません。ふつうのことです」 「まぁ、俺はいいんだけどって話」
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