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「え?」
杉浦の言葉を聞き返す前に、教室の扉の前に着いてしまった。
ガラガラと木の扉をあければ、教室の中は児童たちが友達どうしで騒いでいたり、走り回っていたりして、小学一年生らしく自由きままだ。
「おら、席つけ。先生も早く帰りたいんだから」
「あ、スーギー先生が来たー!」
「逃げろー!」
杉浦は児童からは"スーギー先生"と呼ばれている。
自分のことを杉浦が初日から"たっくん"とあだ名をつけたために、自分も"たっくん先生"と呼ばれるようになってしまった。児童から、そんなニックネームで呼ばれることが恥ずかしかったが、最近はようやく慣れてきて、そう呼ばれても普通に、返事ができるようになった。
児童たちはバタバタと走りこんで席につく。
教卓の前で、全員が座るまで杉浦は見届ける。児童たちはキラキラとした目を向けて、杉浦の言葉を待っている。
「みんな座ったな?はい、起立」
その杉浦の言葉に教室がドッと沸く。
"座らせておいてすぐ立たせる"というだけなのに、彼らにはそれが毎日のことでも面白いらしくこの時間を楽しみにしているようだ。
これで言うこと聞いてくれるうちはまだかわいいんだけどな、といつも杉浦は苦笑している。どうやら六年生になると、そういうわけにはいかないらしい。
終礼は、自分と杉浦が児童たちの顔を見渡し、明日の連絡をして、終わる。
「先生、さようならー」
「おう、気を付けて帰れよ」
「スーギー先生、夕ご飯ちゃんと食べなきゃだめだよ」
「コンビニに作ってもらうから大丈夫」
「えー」
いつも杉浦に声をかけてから児童たちは教室を出ていく。
和田は、その杉浦と児童のやりとりを見ているのが好きだった。最初の頃はテキトーに挨拶しているのかと思ったけど、一人ずつちゃんと見ている杉浦は、いい加減そうにみえてどの先生よりも自分のクラスの児童のことを知り尽くしている。
実は、そのことを最近知った。気づくほどの余裕が今までの自分にはなかったのだなと思い知らされた。
「たっくん先生」
呼ばれて振り返ると、女子二人が脊の高い自分を見上げていた。
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