あの夏のポラロイド

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また、夏が来る。 まだ、忘れられないでいる。 容赦ない日射しの下、あの頃のままの向日葵の咲く川土手を、風を感じながら歩く。 土手を降りて、家への近道の公園に入ると、 梅雨明けを待ちかねたように一斉に鳴き始めた蝉の声が、 シャワーのように降り注いでいた。 「ただいま」 「ああ、お帰り。暑かったろ? 冷蔵庫にスイカ冷えとるから」 「お、サンキュ。ってかそれよりクーラー、クーラー」 半年以上ぶりの我が家も、何も変わらない。 相変わらずクーラーが常時稼働しているのはリビングだけだ。 「大学はどう? ちゃんと真面目に行っとるの?」 「んー、ほどほどにね」 「四年で卒業できなきゃ、あとは自分で稼いで行ってよ?」 「耳にタコできたよ、そのセリフ。大丈夫だって!」 相変わらずの会話を母と交わしながら、冷えたスイカをリビングで平らげたあと、 階段を上って久しぶりの自室に入った。 二階の窓は開け放たれ、カーテンが揺れている。 朝から風を通してくれていたのだろうが、午後の熱気は思った以上に部屋に充満していた。 ドサリと荷物を投げ出し、クーラーを入れて窓を閉める。 荷物の中からゼミの資料本だけ取り出してベッドに転がり、 栞を挟んだ最終章を開いた。 熱を持ったシーツが、次第に冷えていくのを背中に感じながら、 結語の文字を追うはずが、 ひととき、僕はまどろんでいた。 空の青、浮かぶ入道雲の白。 海の青、浮かぶヨットの白。 砂浜の白。立ち並ぶビーチパラソルの赤、青、黄。 砂浜を巡る防風林から岬へと繋がる、緑。 原色のコントラストの中で、 それよりも輝いて見える、君。 くるくると変わる表情が、そのたび極彩色の光を飛び散らす。 君が、陽に焼けた笑顔に白い歯をこぼして、 ヨットから僕に手を振る。 資料本がパサリと枕元に落ちる音が、 束の間の鮮やかな夢を覚ました。 クーラーが効いて、窓の外とはすっかり異空間になった部屋。 寝転んだまま、 時からも切り離されたような自分の部屋をぼんやりと眺めた。 机に貼ったままのポラロイドの写真は色褪せて、輪郭もおぼろになっていた。 彩度を失ったセピアの10cm四方の中で、あの夏の君が笑っている。 一昨年のヨット部の合宿の時に、皆で撮った写真だ。 最初で最後の、君と過ごした夏。 思えばこの時、君はもう、退学すると決めていたのに。
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