5.作家としてできること

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 ネロはナイフを取り付けたロープを手にP博士の研究所を逃げていた。どうにも、おかしい。さっきから、表を目指して走っているはずなのに、一行に玄関が見えてこない。それどころか、研究所内の構造が変化しているようだ。 「く!」  ナイフを投げ飛ばし『不如帰』と書かれたタマゴの表面に突き刺すと、そこを基点にネロは動く。タマゴに中身があるかどうか、知らないが、今は逃げの一手しかない。あのクリティカという武器はあまりにも危険だからだ。 「脱出できないのが、不思議か?」  逃げるネロの姿はP博士には見えていた。透けて見える眼鏡を身につけている限り、どこにいようと、常にP博士の視線の先にネロがいた。そして、ネロが出口を探して悪戦苦闘している様を見て不敵に笑みを浮かべて言う。 「ここが、フィルムの中にある世界だということを忘れたか?不安定な世界であるから、当然のことながら私の研究所の内部は常に変化を続けている。変化は一定ではない。私は作品のキャラクターであるから、どんなに研究所の構造が変わろうと、当たり前のように動けるのだ」  色々な作品であるフィルムが混じり合ったのが、この世界だ。全ては星村の短編作品を基準としている。構造は常に変化する。現に、ネロが頑丈な丸い窓から外を覗き込めば、一つ、一つの窓から見える光景は全て異なっていた。雪がシンシンと降り続ける山の光景もあれば、砂漠。はたまた、海底や宇宙まであった。その全てが窓の外に見えている光景であるか、どうかは分からない。だが、ここが不安定な世界であるということは事実であるということだけは理解できる。  その変化についていけるのは、同じように不安定な存在であるP博士を含めた仮称の存在である彼らだけなのだ。まるで、迷宮のようだ。研究室まではすんなりと辿り着けたというのに、どうしても出口には辿り着けない。  ネロはさっきまでなかった吹き抜けを駆け上がり、天窓を突き破って脱出しようと試みるも、相当頑丈な素材で出来ているらしくナイフの刃が突き刺さらない。最終手段としてタバスコを三つ分飲んで熱せられたナイフで刺そうとするも、表面に僅かに傷をつけただけで、弾かれた。
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