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地下鉄に乗って人間観察をするのが俺の日課だ。
定年を過ぎて趣味で書いている小説のネタを探しにいつものように地下鉄に乗ると、品が良い美しい女性に出会った。
歳は見たところ70代半ばぐらいだが、見かける度その女性はいつも着物を着ていて、殆ど白髪になった銀髪を結ってあるのが色っぽく、顔も昭和の女優のように端正だった。
最近の地下鉄内は誰しも皆下ばかりを向いて
スマートフォンを操作したりしている中、唯一俺と毎回目が合ったのが彼女だった。
そうして、何回か会ううちに自然と俺達は話すようになった。
女性の名前は、宮下チヨ子さん。
夫には五年前に先立たれたが一人娘がいてその娘さんは家庭を持っているが一人だと心配だからということで、今は娘夫婦と一緒に暮らしているそうだ。
しかし、居づらいそうでそれからと言うもの習い事を始め、茶道教室まで通うのにこの地下鉄をよく利用するようになったと言う。
その話を聞いた俺は納得した。
「ああ、それで着物か」と。
チヨ子さんはとても聞き上手で何でもうんうん頷いて聞いてくれたから、普段は口数少ない俺だがつい心を許して何でも話をしてしまった。
女房の愚痴さえも笑って聞いてくれるチヨ子さんが俺は心底好きだった。
趣味で書いている小説の話をした時、
「今度読ませてくださいね」
と、言ってくれたのを最後に彼女が地下鉄に姿を見せなくなってひと月経った。
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