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「うるせえ!」男はそう言って暴れ、オレの手を振りほどくと、殴りかかってきた。振り回された右フックをよけたつもりが、鼻っ柱をかすめて、オレは半分反射的に右ストレートを男の顔面に打ちこんでしまった。もちろん手加減はしたつもりだったけど、無駄に当たり所がよすぎた。男は膝から折れて、そのまま、あおむけに寝転んだ。
「あ~ぁ……」オレは、自分の右手を見て、ため息を一つつき、雑居ビルに囲まれたせまい空を見上げる。目に映るのは、すっかり色あせて白けてしまった青色だ。
「大丈夫か?」オレは男のそばにしゃがみ込んで声をかける。
「なんとか……」
「じゃあ、財布だせ」
「分かったよ……」男が差し出した財布を受け取り、オレは金を抜き取る。
「借りたものは返す。それが社会のルールだ。よく覚えとけ」
空っぽの財布を男に投げ返して、オレは立ち上がる。
次に向かう取り立て先は大須の煎餅屋、つまり「うちのげんこつ煎餅が日本一固いんだよ」って言いはる婆さんのところ。でもオレは大須に行くのって、あんま気が乗らない。だって知ってるヤツに会いそうだし、別にいい思い出なんて何もないし。でも、行かなきゃな。これが今のオレの仕事なんだから。
「おっす、婆さん」店に入って、声をかけると、あからさまにイヤそうな顔をされた。まあ、借金取りを笑顔で迎えるヤツなんて、いやしないけど。
「一週間。待ったけど、金は用意できた?」
「まだだよ」
「そっか……。じゃあ、残念だけど、約束どおりこの店の権利書、出してよ」
「この店は渡さないよ」
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