第1章/Lovedeath/1.発端

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第1章/Lovedeath/1.発端

 高校二年の夏。あたし、川原鮎は好物だった喫茶・カントリーローグ謹製ゆるふわエッグバンズを二度と食べることができなくなってしまった。  その日、いつも通りに太陽が東の空にのぼりきるより早く家を出たあたしは、愛車のルイガノ・シティバイクのペダルを蹴りつけ、河原沿いの通学路を疾走していた。  時刻は七時になったばかり。あと一時間もすれば我らが五十海東高校の生徒たちがぞろぞろと姿をみせるこの道も、今はまだ静けさに包まれていた。  土手の桜並木は青々と覆い茂って日陰を作り、時折吹き付ける川風の涼やかさは、一時でも不愉快な記憶を忘れさせてくれる。今年の梅雨入りは例年よりも十日ほど遅れるらしい。  だからあたしはペダルを漕ぐ。それはもう、猛然と漕ぎまくる。  五分ほど愛車を走らせると、右手に橋が見えてくる。『かぞくのふれあいおおはし』という癇に障る名前の下路アーチを渡れば、学校まであともう少し。あたしは橋の中ほどでペダルを漕ぐのをやめて、惰性で対岸に向かうことにする。  橋を渡りきった先にあるのは旧市街地。車道の左右に市営住宅や木造平屋、お寺に小さな工場と、古い建物が軒を連ねている。その中にあって異彩を放っているのが、橋から数えて三本目の交差点の奥にある高層マンションだ。  高層といってもたかだか十階程度だけど、この辺りでは際立って高い。道路に面したエントランスも妙に仰々しくてえらそうな感じがする。建設計画が持ち上がったときは周辺住民からかなり強く抵抗されたらしく、反対運動の様子が新聞記事にもなったくらいだとか。どうでも良いけど。あたしにとって重要なのは、マンション手前の交差点で左折した方が、少しでも近道になるということだけだ。 「げ」  あたしは交差点の右手から猛スピードで突っ込んでくる軽トラに気づいて、ブレーキを握りしめた。そのまま愛車が止まるより先に両足を地に着ける。  危ない運転しやがって。あたしがしかめっ面で癖っ毛気味のベリーショートをおさえつけていると、軽トラはけたたましいクランクションを置き土産にして走り去って行った。 「こっちが優先じゃんか!」
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