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まだ開店して間もないからだろうか。
その海の家に他に客は居らず、日焼けしたい草のゴザに長テーブルが幾つか連なっているだけの簡素な休憩所はもの悲しさが漂っていた。
それがまるで今の自身のようだった。
楽しい海水浴のはずが理由も分からず突然機嫌の悪くなった幼馴染みに対しての、私の落ち込みようといったら……。
「かき氷買いに行こうぜ」
確かに彼は私にそう言った。
それなのに、彼が今手にしているのはラムネのガラス瓶だった。代わりに私の手の中にレモン味のかき氷がある。
シャクシャクとシロップを混ぜながら食べる。
「レモン味なんて、旨いの?」
真向かいに座る彼が不思議そうに尋ねてくる。
「うん、最近のお気に入り」
「ふーん」
気の無い返事で、また重たい沈黙が始まる。
シャクシャク
シャクシャク
私がかき氷を掻き混ぜる音だけがこだまするように音を立てるだけだった。
「ビー玉……要るか?」
ラムネを買うと、必ずくれる、それ。
まだ幼かった頃、お店の前で駄々をこねた事がある。彼が私の兄と飲んでいたラムネの瓶に光るビー玉が欲しいと。
それを未だに覚えているらしく、ラムネを飲む前にプラスチック製の瓶口を時計回りに回して落ちないようにそっと取る。
「……ありがと」
捨てられないビー玉は私達の思い出のように一つ一つ溜まっていく。
「……それ、どんな味か、食わせて」
「え?」
つい、昔を懐かしんで返事が遅れる。
「そのかき氷。レモン味食ったこと無いから」
「……あ、ああ。はい」
容器ごと彼の方に押し出す。
「……いや、食わせて」
そう言って大きな口を開ける。
……。
分かってる。
恥ずかしいと、そう思うのは私だけ。
彼はこんなこと、きっと誰にでもしてもらってるから平気なのだろう。
恥ずかしがったら、負け。つい、そう思ってしまう。
何とか平静を装い、例のストローとスプーン両方の機能を併せ持ったそれで精一杯大きめの一口をすくうと雛鳥並みに開かれた大きな口の中にそっと入れた。
途端に口を閉じる彼。
……開けてくれないと、ストローで繋がったままの私たち。
「……亮太?」
緊張でかすれた声が、何とか彼にも届いたらしく、漸くストローは解放された。
私の心臓だけが激しく暴れまわる。
「んーーー、俺は練乳イチゴの方が好きだな」
そんな呑気な言葉なんて、別に欲しくない。
ばか。
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