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ぷっと吹き出し、
「本当、変わらない。その天然なところも」
しばらくくつくつと笑っていたしおりは、笑い疲れたのか、傾斜ベッドにもたれるように背を預けた。
「地下鉄、初めて乗ったの、笹本くんと浅草行った時だった。ウチはいつも自動車で動いてたし、学校の東京遠足はバスだったし。
電車が地下に入って行く瞬間、息を止めてたのよ、私」
ふふふ、と、しおりは柔らかく笑い、
「お賽銭用に5円玉をもらうの、好きだったなぁ」
と呟いた。
「……聞いているんでしょう?相原くんから。私、もう末期でね。あとはどうQOLを落とさないでいられるか、なの。私自身より相原くんが、…、私のいないところで泣いてるんだと思う。目の皺が増えたでしょう?」
「いいんだよ、旦那の苦しみは旦那に背負わせておけ。しおりがそんなことまで気にするな」
「ふふ、そうね。相原くんには悪いけど、あと少し、最後まで伴走してもらわなきゃ」
小さく笑った後、しおりは僕をきっかりと捉えて、
「いろんなことがあったけど、私、自分の人生、なかなか面白かったって思ってるんだ」
そう、言った。
相原からラインが入ったのは、しおりを見舞った一月後の昼間だった。僕は仕事で郊外に向かっていて、地下鉄が地上に出る瞬間だった。
真っ暗だった窓が先頭から光が差してきて、空気の圧が一瞬、ふわっと軽くなる。
(あぁ、夜明けだ…)
僕はふとそう思った。
次々に差し込んでくる夏の光の中、しおりが僕に背を向けて光の向こう側へ、歩き去るのが、見えた。
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