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第1話-3
「おう蒼衣、ただいまおかえり!」
リビングに入るなり、案の定野太い声が珍妙な挨拶を投げかけてきた。
「……ただいまおかえり、親父。帰るなら連絡いれろよな」
「いつも言ってんだろぉ。このスマホってやつは俺にゃ難しすぎる。船の上で操作すると酔ってかなわんし」
テレビ台前の大きなソファにどっかと深く座った活気滲み出る大男。蒼衣の父親、大吉である。遠洋鰹一本釣り漁業を生業とする彼は年の200日以上を海の上で過ごす生粋の海の男。この通り連絡もよこさず、漁のプランによって期間もまちまちなので、父の帰宅はいつも唐突だ。
「もう8ヶ月近くぶりかしらねぇ。今回の漁はどうだったの?」
母の夏子が3人分のコーヒーを盆に乗せてキッチンから歩いてきた。この様子だと、大吉が帰ってきたのはつい今しがたのようである。
「ああ、量はぼちぼちだが質のいい鰹が獲れた。次は東沖の漁場だな」
蒼衣も詳しいことは知らないが、鰹一本釣り漁は夏場は東沖、それ以外の季節は赤道付近の南方漁場が職場となるそうで、大吉は年中こんがり肌を焼いている。
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