第1話-3

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 作業着の袖をまくってむき出しにした逞しい腕でコーヒーカップをひっ掴み、太い眉を持ち上げて豪快に飲み干すその姿は、細身で顔の造作も中性的な蒼衣とは全く似ていない。  唯一大吉の面影を強く残すのは、この無駄に目つきの悪い目元だけだ。 「蒼衣、せっかくお父さん帰ってきたんだし、ちょっとそこ座りなさい」  ほらきた、と蒼衣は辟易した。L字型のソファの独立部分を指で示した夏子の語気は穏やかだが、その強気な態度は心強い味方を得たと言わんばかりだ。 「……ソファが海水臭くなるよ。シャワー浴びて着替えてからでもいいだろ」  用意しておいた逃げ口上に夏子も納得したようで、つかの間の猶予を獲得した蒼衣は重い足取りで風呂場へ向かった。水着を脱いで真っ裸になると浴室に入り、扉を閉めると憂鬱な気分をため息にして吐き出した。  ちんたら30分もシャワーを浴びていたい気分だったが、自分のいない間、夏子が大吉に何を吹き込むか分かったものではない。結局10分そこそこで塩と汗を落とした蒼衣は風呂を出たのだった。  夏子はタオルと着替えを脱衣所に用意してくれていた。迎撃態勢は万全ということらしい。辟易を加速させつつ、蒼衣は濡れ髪にタオルを乗せてリビングに戻った。 「おう蒼衣、母さんから聞いたぞ。働いてないんだって?」     
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