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「蒼衣。仕事なんざ義務なんだから、どうせならやりたいことやるに越したことはねえさ。けどお前は、自分が何一つも不自由感じねえでいられる場所が、すぐ近くにあったもんだから、ずっとそこに潜りっぱなしで、ずっとずっと、おんなじもんばっか見てきた。だからやりてえことがなんなのか、分からねえ。分からなくてもいいとさえ思う」
父の言葉は天啓のようだった。ずっと名前のつけられなかった感情の名を教えてくれたような、ずっと複雑な形に空いていた穴がピタッと埋められたような、そんな気分が去来して思わず口を開いた。
「……なんでそんな俺のことわかんだよ。ほとんど家にいないくせに」
「簡単だ。俺もガキの頃に釣りにハマって、そっからどっぷりだからな。まあお前と違うのは、それをすぐ仕事にできたことと、ちゃんと女ともよろしくしてたことだな」
なあ母さん、と隣に座る嫁の肩を抱く父親。ぽっと頬を染める40半ばの母親。いらんやりとりだ。
「ともかく、そんなお前にうってつけの話がある。知り合いのツテでちょっと特殊な職場の求人があってな。良くも悪くも、すげえ刺激になるはずだ。非日常の快感に慣れちまってもう並じゃ感じないお前の体も、反応するかもよ?」
「……いちいち卑猥なんだよ」
いつ会っても歳を感じさせない、若々しい男である。それにしても、涼太と話したばかりで丁度いいタイミングだ。例えつまらない職場でも、父の紹介で雇ってもらったとなれば責任感で長続きしそうな気もする。
「それ、紹介してよ。お願い」
「よかったぁお父さん! 蒼衣えらいわよ!」
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