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これが上司か……優しそうな人でよかった。蒼衣の率直な気持ちだった。
「よう海原ァ。相変わらず暑苦しいヤツだな」
「大吉さんこそ変わらずお元気そうで! あ、そちらが蒼衣君ですか?」
海原と呼ばれた男が蒼衣と目を合わせた。ぺこりと会釈。
「……よろしくお願いします」
声に覇気がなくなるのも無理はない。倍率100倍だとか、ドルフィントレーナーといういかにも華やかな職名だとかに踊らされて、当初は少しその気になっていた蒼衣だったが。
直後に大吉から雇用条件の詳細を聞いて愕然としたのだった。
ーー時給820円!?
自分の上ずった悲鳴が頭の中でリフレインする。大勢の観客の目の前で非凡な技術を披露する、ショーエンターテイナーの給料が、時給にしてたったそれだけだなんて、とても信じられなかった。
もちろんこれは規格外の低賃金でもなんでもなく、臨時採用の職員ならいたって平均的なものらしい。蒼衣はイルカに関して素人だからまだ分かるが、専門的に勉強して入ってきた者もほぼ同じ待遇。
にも関わらず倍率は最大で100倍に上るというのだから、ドルフィントレーナーを志す若者の精神の尊さがよく分かる。
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