第2話-1

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 ところで蒼衣はといえば、時給を聞いた瞬間から辞めたい気持ちでいっぱいだった。冗談じゃない、ピザ屋のバイトでさえ時給890円、深夜手当がプラス200円で更にまかない付きだぞ。  だが一度は積極的に紹介を頼んだ手前、喜ぶ母親とそして涼太との約束の手前、辞めるだなんてさすがに言えなかった。ケガで入院しているトレーナーが治るまでの代理だと言っていたし、ほんの数ヶ月の辛抱と割り切ることにしたのだった。 「俺に遠慮せず、ボコボコに指導してやってくれ。もちろん突っ返してくれても構わねえから」 「分かりました。蒼衣君、よろしくね」  大きな手を差し出され、蒼衣は握手に応じた。始まる前から億劫だ。その内心は父と上司に悟られないよう、なんとか外向きの笑顔を貼り付けたが、恐らく引きつっていただろう。  そういう処世術が少しでも蒼衣に身についていれば、就職活動にあんなに苦しむこともなかったはずだ。 「じゃあな蒼衣。また迎えにきてやるから。達者でやれよぉ」 「……あぁ、オッケー」  車に向かって去っていく上機嫌な大吉に軽く手を振って、蒼衣は海原に向き直った。今日はこの海原に挨拶する目的で父が送ってくれたが、次からは自分1人で通勤することになるだろう。 「よし、蒼衣君。とりあえず試験内容や合格基準について、また後で説明する時間は設けるつもりだけど。一応歩きながら少し話そうか」     
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