第2話-3

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 4人が良い返事をするのに必死な一方で、蒼衣は規則的な呼吸を繰り返しながら、自然体で水面に浮かんでいた。  やっぱり水の中はいい。余計なことが何も気にならなくなる。潜ればもっともっと思考がシンプルになって、まるで誰もいない別の惑星を旅しているような、穏やかな心地になる。  号令はまだか。早く潜らせろ。  目を閉じた。例えゴーグルをしていても、蒼衣は潜る直前必ず両目を閉じる。これは自分なりの作法で、たぶん武道で最初正面に礼をするのと似ている。もしくは、祈りを捧げるようなものかもしれない。 「始めてください」  汐屋の号令に合わせて目を開いた。酸素を深く深く取り込む。数秒かけて肺を満たした後も、唇を閉じたり開いたりしながら更に空気を吸い込んでいく。肺が風船のように膨らんでいくのが分かる。全てが整うと、蒼衣はもう一度目を閉じて、水の底を目指し潜水した。  頬を撫でる水温が心地よい。音が低く鈍く、滞った水中の世界は、まるで時間の流れさえも遅くなってしまったように錯覚することがある。  透き通った綺麗な水だ。これなら外からでも、中を泳ぐ生物の姿がよく見えることだろう。水を美しく保つのは簡単なことではない。水質管理の徹底ぶりに、蒼衣は密かに感心した。     
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