第1話-1

1/4
前へ
/89ページ
次へ

第1話-1

 海が青い理由を知っているか。  両手ですくえば光を編み目のように乱反射させる、とても透き通った無色なのに、あの雄大な海は何故あんなにも、深く幽玄な青なのか。  その理由は潜れば分かる。蒼衣(あおい)の場合は初めて素潜りを経験した9歳の時だった。  音が、低く鈍く停滞したような水中。水面付近で顔まで海水に浸かった程度では、まだ海水はほぼ無色透明。だが、ひとたび水底(みなそこ)に目を落とせば、あぁ、とため息のように腑に落ちる。  海は底が青いのだ。  蒼衣がダイビングにどっぷりハマったきっかけである。潜れば潜るほど深くなる青の、その精密なグラデーションは数学的に美しく、そんな深まる海の色彩と反比例して肉体は追い込まれていく。低下していく水温。薄まる脳の酸素。水圧が起こす耳鳴り。  強烈な生と死の気配を両隣に感じながら、どこまでもどこまでも、青の果てを目指して潜り続ける。限界はやがて来るが、1日ごとに長く潜り続けられるようになっていくのが楽しかった。  今年で14年目になるベテランダイバー蒼衣は、今日も幽玄な青の世界を潜っていた。     
/89ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12人が本棚に入れています
本棚に追加