メランコリー

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 果たして俺は高一の時に何を思って過ごしていただろう。こいつみたいに何かに対して熱中した事もあったはず。なのにその感情を思い起こす事も、引きずり出す事も難しい。  毎日に追われながら、ただぼうっと待っているだけでもやって来る明日をまた過ごす。  この無意味なループの中で、失くしたものはなんだったのか。いくつあるのか、それさえ分からない。  感慨に耽りつつ、斜め後ろから夕日に照らされる男子生徒の姿を眺めた。  なんにでも一生懸命なこいつを、どこか羨ましいと思う。本来なら導く側にいなければならないはずの俺が、今と言う時間を純粋に、真っ直ぐに生きている子供を相手に、憧れのような感覚を。 「……お前いま十六か?」 「え? えっと、誕生日一月だからまだ十五だけど……何いきなり」 「いや……」  十五か。十個も年下のガキを羨ましいと思ってしまった。  今の伊勢谷の年だった頃、俺はいつも大人達を羨ましいと思っていた。大人は自由な生き物だろうと。そう信じて疑わなかった。学校みたいなつまらないルールに縛られることなどないような世界に、いるものだとばっかり。  実際は、逆だった。年を重ねるごとに縛りはどんどん増えていく。学校にあったつまらない規則から解放されたその代わり、自分自身がクソつまらない人間へと着実に成り下がっていく。  俺という本体に価値がないなら、その人生にはまるで意味がない。 「……伊勢谷」 「んー」 「お前はそのままでいろよ」  なんの期待だかも分からない。自分がなり得なかったものを、元気がいいだけの子供に託す。  まさに愚行だ。どうかしている。目の前のこいつも今まさに、俺がどうかしていると思ったようだ。 「先生、どっかでアタマ打った?」 「打ちつけたら楽かもな」 「……ココロ病んじゃってる?」 「かもしんねえ。俺の泣き言聞くか?」  冗談めかして言ってみるとハハッと適当に笑われた。呆れ笑いに近いそれにも、蔑みだけは含めないこいつは俺よりよっぽど人間ができている。 「暗そうな話は聞きたくない。自分でなんとかしなよ、大人なんだから」 「だよなあ」 「それより先生、ここ分かんないんだけど」 「どこ。お前の質問って毎回アホ過ぎてウケる」 「たぶん先生は教師向いてないんだと思うよ」  今度は俺が笑って返した。  欲しい答えはもしかすると、すぐ近くにあるのかもしれない。だけど俺はそれを知らないし、気づく事もできないのだろう。  昨日も今日も明日も同じだ。同じことを思って同じことをして同じことを言いながら生きる。  変えるきっかけがすぐそこにあっても、俺がここで昨日と変わらずぼんやり突っ立っている限り、自分で気づく日はやって来ない。 「先生」 「おー」  明日も明後日も一週間後も。一ヵ月後も、一年後も。  知り得る未来なんてなくていい。すべては今日の、自分次第だ。
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