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「このソファ、へたってきたなあ」
二人掛けのソファの真ん中に向かって両側から傾斜ができている。それはここに座るのが俺しかおらず、真ん中に座っていたからだ。
『お値段以上~♪』をうたい文句にしている会社の製品だが、そもそもお値段がお粗末なので、こんなものだろう。
「ユキはもっと家具とかこだわっているのかと思っていた」
そう言われても、結局はまもなく25歳になる若造で、都会で暮らしているとそれほど余裕はない。
「まあ、そんなにいい給料じゃないし。それにここは俺の住処じゃない」
「え?」マグカップを差し出しながら、シュンが小さく驚く。まあ、住んでいることにはかわりはないのだが。
「ここは本当の俺の家じゃない。終の棲家は大げさにしても、自分の部屋だと思えないから、その場しのぎの家具で十分なんだよ。白石の家のほうが、自分の家な感じがするな、今となっては」
アメリカに行くときに処分されてしまった家。シュンも遊びにきたあの部屋、シュンを怒らせたのもあの部屋。どうにもならない現実に涙をこぼしながら荷造りをした部屋。
ベッドと机と本棚しかなかったあの空間は今住んでいる場所より現実味がある。
「そう言われると、僕もちゃんと自分の「部屋」というところに住んだことがないかもしれない。いつも家具と電化製品がついている賃貸で、遊びに来る人もいないし、単に寝るところのような場所だった」
たぶん俺達は現在を生きていなかったからそうなった。過去の自分にばかり向き合っていたから現在がおざなりになる。
「でも随分マシになったよ」
俺の言うことがわからないのか、シュンはきょとんとしている。
「シュンがここにいるようになってから、家に帰るっていう気持ちを思い出した」
シュンはテーブルの上にあるマグにのばした手をひっこめて小さく握る。そのあと少しだけ俺との間をつめて、握った手を広げて俺の手に重ねた。
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