744人が本棚に入れています
本棚に追加
/183ページ
ヘナヘナと床に座り込むのと同時にポケットの中の携帯が鳴りだす。
知らない番号だが間違いない。吉川と逢う前日に店にかけたし、折り返しの電話をもらうために番号を教えたのは俺だ。
携帯を変えたほうがいいかもしれない。しかしこのタイミング、盗撮でもしてるのかと疑いたくなる。
『いっておきますけど、盗撮も盗聴もしてませんから』
ニヤニヤする顔が見えるようだ。
『今回のこの件に関しては、波多家さんは純粋に物件を探していただけですからね。お節介を焼いたのは私のほうです。やはり吉川のことで何もしないというのも気持ちが悪い。金銭だとあなたは受け取らないでしょう?言っておきますけど、この物件超人気なんです。
芳樹がゴリ押しして押さえたぐらいなんですから』
「じゃあ、なんでシュンが買えるわけ?」
『お恥ずかしい話ですがね、ここに住みたいと言った女と揉めて切れちゃったわけです。
もうそうなったらお荷物でしかない。あげくここに新婚もカップルも住まわせないと言いだしましてね。不良物件になるところだったところに波多家さんです、渡りに船でした』
「こっちだってカップルだ!」
『相変わらず頭が悪いですね。表向きは生活能力に欠けた人気作家とそれをフォローする秘書兼家政婦兼幼馴染ということになっていますので、問題ありません。
あと調べればその建物全体が権田組の持ち物だということがペロっとでてくる物件ですから、そうそう変な輩が押し掛けたり迷惑かけたりはないでしょう。安心してください』
もうここまできたらため息しかでてこない。
「随分な待遇だな」
『こういっちゃなんですが、波多家さんはどうでもいい。私にとってはアナタに価値を見出しているわけですから。
波多家さんには落ち度はありませんよ?
彼は言ってました。ユキが好きな本当に欲しい家具を置いて、そこで笑っていてほしいと。ユキちゃん愛されてますね。
それともう一つ。吉川は二度と這い上がれない場所に行ってもらいました。肥溜めみたいな所でね、待っているのは緩慢な死です。
ですから絶対ユキちゃんの前には現れません。これは本当です。では』
電話は唐突に切れた。サイの自由すぎる行動に呆れて何も言えない。携帯の電源を落してポケットにねじ込んだ。
最初のコメントを投稿しよう!