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「やぁお兄さん。せっかく死んだのにいつまでもそんな姿でいるなんて勿体ないと思わない?」
その霊の隣に寄り添って。座敷童はその肩をそっと叩いた。
それだけで今なお身体を引き千切られた苦痛に呻いているのだろう呪詛のような声が止んで、消失していたはずの鼻から上が復元し、左足は元通りになり、破れたスーツはほつれ一つなく綺麗になりべっとりと染めていた血も一瞬で消え去った。
後にはただ、呆然とした表情で立ち尽くしている男性がいるだけ。少し優男のように見えるだけで後は取り立てて特筆するべきところがない、凡庸で典型的な日本人らしい男性が、それでも向こう側が透ける半透明の姿で立ち尽くしていた。
「……え?」
「……よし。猫又、成功したよー」
「あ、あの、ちょっと待ってください! ここは、俺は、一体……?」
一転して得意げな表情になった座敷童はあっさりと男から離れると猫又の方へと歩いていく。その背にかかったのは、男の混乱した声だった。
三歩ほど歩を進めていた座敷童がその声に立ち止まって振り向く。まだ得意げな、悪戯に成功した子供のようにも見えるしたり顔をしたままで。
「ここは××駅と〇〇駅の間の地下鉄トンネルで、私は座敷童だよ」
「座敷……童……?」
「……もしかして座敷童をご存知でない?」
怪訝な顔をした男にこそ、座敷童が怪訝な顔をする。信じられないと言いたげな声色で、おそるおそる呟いた疑問に、果たして返ってきた返事は一つ首を縦に頷かれる首肯だけだった。
「あー! とうとう私みたいなのを知らない世代が出てくるとは! これでもめっちゃ有名なはずなんだけどなぁ……」
それを見た座敷童が頭を抱えて線路にしゃがみ込む。悔し気に唸っている座敷童の傍に寄ってきて、慰めるように肩を優しく撫でたのは、二股の尻尾をゆらゆらと揺らす猫又だった。
座敷童を優し気な目で見て、それから突然の大声にビクリと肩を揺らした男を見やる。
「突然すまないね。この子の名前は結構有名なはずなんだけど、知名度が地の底まで落ちたらしいのがショックになったみたいでね。私は猫又。ま、その様子じゃ私の名前も知らないんだろう?」
疑問のような形をした台詞は、けれど実際にはただの確認だった。男が躊躇いがちに頷いたのを見て、猫又は予想通りとでも言いたげににんまりと、それこそ猫のように唇の弧を吊り上げる。
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