彼が鳶から番犬になるまで

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  「お父さん、生二つ」 カウンターにならんで座る。 珍しく二人連れで来たから、座敷を勧められたけど、相手は番犬と名乗る怪我人だ。 「退院おめでとう」 「ありがとう」 凍って真っ白になったジョッキを合わせた。 泡が唇を包む。 所々シャリシャリした粒が流れ込む。 ああ、この限界までキンキンなビールが好きだ。 しばらくビールを体に流し込んでは、しょうもない話をした。 地元がどこだの、勤続何年だの、好きなミュージシャンは誰だの。 楽しくて、三杯くらいと思っていたその三杯目にもう到達してしまっている。 会話が一段落して、追加で焼鳥を頼んだ時だった。 彼が同じく三杯目の生に喉を鳴らして息をついた。 「川崎さんさあ、僕が飛んだと思ってたの?」 泡のついた唇をペロリと舐めて、町田さんがこちらに顔を向けた。 上唇の一番高いところに、わずかに泡が残っていて間抜けだ。 「だって鳥になりたいって思ったんでしょ?」 「誰だって一回くらい思うでしょ、自由に飛んでみたいって」 思わなくもないけど、本当に高いところから飛んでみようとは思わない。 「僕は飛んだなんて一言もいってないよ。 気持ちよさそうだなって気を抜いてたときに、先輩が持ってた角材が当たって落ちたの。 飛べないからとにかく頭だけは死守しようとじたばたして、足から着地したら両方折れただけ」 片手にジョッキを持ったまま、あんぐりと口を開けた。 「勘違いしてるっぽいから、なんとなくそのままにしてたけど、最後までそう思ってるとは思わなかった」 彼はつき出しをつつきながらクスクス笑う。 確かに途中で体温計鳴ったけど、落ちたなら落ちたって結末言ってくれないと、そりゃ飛んだと思うでしょうよ。
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