彼が鳶から番犬になるまで

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  慌ただしく搬入口から担架がやって来る。 急患だ。 脂汗を浮かべる患者は若い男性。 痛々しくも片方の足がおかしな方を向いている。 レントゲンの後、オペ室に運ばれた彼が処置を終えて出てきたのは、私がもうすぐ日勤を終えて帰る頃だった。 事故かな。 しばらく仕事は無理だろうなあ。 普段なら考えもしないことが頭に浮かぶのは、仕事終わりの心の余裕からだった。 翌日、彼の担当になった私は、病室で体温計を差し出しながら問いかけた。 「痛みはどうですか?」 自分で聞いといてなんだが、痛いに決まっている。 でも昨日に比べたら断然ましだろう。 昨日脂汗のせいでぺっとりと額に張り付いていた髪の毛は、若干しっとりしてはいるが、洗えばさらさらなのだろう。 猫っ毛で柔和な顔つきの彼は、カルテに書かれた年齢より幼く見える。 「お陰さまで……」 彼は苦笑いを浮かべて体温計を脇にはさんだ。 彼の怪我は右足の複雑骨折と、左足骨折。 高所からの転落によるものだった。 上半身や頭には異常がないのは幸いだったが、両足骨折では不自由極まりないのは必至だ。 「災難でしたね。よろけたんですか?」 患者のプライベートに踏み込むなどあってはならないのだろうが、なんとなく聞いてみた。 彼は窓の外を見つめて答えた。 「……天気がね、良かったんですよ」 ……は? 「風がすっごく気持ちよくて、緑がね、ざわざわざわって揺れてて」 ……ほう。 「気持ち良さそうだなあ、飛べたらいいのになあって」 まさか飛んだんかいっ!!!
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