彼が鳶から番犬になるまで

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    ピピピピ 体温計のタイマーが鳴った。 彼は脇からそれを取り出して「平熱でした」とこちらに寄越す。   心地よい風が、窓辺のカーテンを揺らした。 ひとつ大きく彼は息をつく。 「なんで人は飛べないんでしょうねえ」 「……羽がないからじゃ?」 正確に言うなら体の構造が違うでしょうと言うべきだろうが、ついそう答えていた。 「羽かあ」 ポツリと呟いて、窓の外を見つめる彼に慌てる。 ここから飛び降りられても困る。 「いやまあ、羽があっても飛べませんからね!! 腕の筋肉とか作りが全然違うし、人間の体って相当重いし、飛ぼうと思ったらかなりでかい翼じゃないとダメだし!!」 落ち着け、私。 まずこの足じゃ窓辺にさえ行けないんだから、そうそう飛ぶことはないだろう。 ベッドに横たわる彼を見る……うん、現実的に無理だ。 ふうと息を吐き、気持ちを整える。 「とにかく飛べませんから」 「解ってますよ」 じゃあなんで飛んだ!!! 大声で突っ込みたくなったが、立場上必死で抑えた。 「仕事クビだろうなあ」 ポツリと呟いた彼になにも言えなかった。 彼は見た目にそぐわず、鳶職というごりごりの肉体労働者だった。 ただし、バイトだが。 「治りますよ、時間はかかるけど」 全く答えにはなっていない言葉を、努めて朗らかに言って、私は部屋を出た。 ……それが私の仕事だから。
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