彼が鳶から番犬になるまで

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  三週間ほど経った午後の回診の時、開け放たれた病室のドアの向こう、彼を見舞う女性の後ろ姿に出会した。 洗面器に湯を張って、彼の上半身を丁寧に拭く姿は甲斐甲斐しく、きっと彼女なのだろうと思われた。 ぶっ飛んだ男にも彼女がいるんだなあ。 私なんか仕事ばかりで、もう何年彼氏が居ないかも忘れたよ。 裸の彼の上半身は、ジムにも通ってたというだけあって、それなりにしっかりしていた。 マッチョとは言い難いが、顔つきからすれば予想外だった。 「退院したら私の家に来る?何でもするわよ」 「遠慮しとく。怖いから」 盗み聞きみたいに会話を聞いてしまって、後ろめたくなったので声をかけた。 「町田さん、ちょっとお邪魔しますよ」 彼と彼女が私に顔を向ける。 彼女はきっちりとしたメイクと、ほぼ金髪に近い明るいブラウンの髪が印象的な美人だった。 「明日、レントゲン取りますから。 左足ギプス外れるようなら外しますからね。 検診は10時です、呼びに来ますね」 「はい」 彼は困ったような顔をした。 対照的に彼女は嬉しそうに微笑んだ。 「ギプスが外れたら退院できるんですか?」 「その辺りは先生の判断なので私にははっきりとは言えませんね」 退院したらなんでもやってくれる人がいて良かったじゃない。 そう思ったからだろうか、ちょっと冷たい言い方になってしまった。 あー、なんか私、僻んでるわ。 充実してる二人を見ていたら急に寂しくなってきた。 「ではごゆっくり」 なんだかその場にいられなくて、用件だけ矢継ぎ早に言うと、そそくさと部屋を後にした。
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