彼が鳶から番犬になるまで

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  残念ながらギプスを外すには少し早いらしく、彼の退院の目処はまた立たなくなった。 彼は「そうですか」と言っただけで、落胆した様子もなかった。 本当におっとりというか、つかみどころのない人物だ。 彼を車イスに乗せて病室まで帰る途中、ある先生に呼び止められた。 無意識にため息が出た。 彼に一言断りをいれて、先生のところへ向かう。 どうせ内容は解っている。 ここ最近、しつこく夕食に誘われていた。 医者だし、実入りはいいだろうし、少々好みと違っても妥協すればいいのだろうが、どうにも好きになれなくて断り続けていた。 今回も「仕事中です」と一刀両断したのだけど。 町田さんの車イスを押しながら、ぼんやり考えた。 このまま仕事してても出会いはないし、幸せそうな人を見て僻むほど寂しいんなら、一回くらい付き合ってもいいかなあ。 彼女に洗ってもらったのだろう、目の前にあるさらさらの猫っ毛を見ながら、またため息をついた。 家事と睡眠に消えていった休み明け、朝食を届けに彼の部屋へ足を運んだ。 彼は上半身を起こして、パソコンに向かっていた。 「朝食ですよ」 アレンジの仕事の打ち合わせだろうか、忙しなくキーを叩いている。 そのノートパソコンがおいてあるところにトレイを置きたいんですけど、私。 「すぐ終わります」 キーを叩き終わった彼は、とりあえずノートパソコンを畳んでワゴンの上に置いた。
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