彼が鳶から番犬になるまで

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  二回目のレントゲンでギプスを外す許可が下り、リハビリを経て、町田さんが退院する日がやって来た。 長きにわたる入院生活の間に、提供した曲やアレンジしたものを聞かせてもらった。 中には私の知っている曲もあったし、アイドルグループに提供したものもあって、そこそこの実力者だったと知った。 おっとりしていて、つかみどころのない彼が作る曲は、予想しないサウンドだった。 尖ったギターがびしびし響く、格好いい曲が圧倒的に多かったのだ。 スローバラードはピアノ一本で、心に優しく響くものだった。 そういう引き出しの多さは、つかみどころがない彼の人柄を現しているのかもしれない。 そこそこ仲良くはなっていたから、一抹の寂しさはあったが、患者さんが元気に病院を後にするのはこの上ない喜びだ。 今後診察やリハビリに来たとしても、病棟担当の私と顔を合わせることはないだろう。 「どうぞ、お元気で。 もう飛んじゃダメですよ?」 彼は少し怪訝な顔をしたけれど、ニコリと柔らかい笑顔を浮かべて「ありがとうございます」と頭を下げた。 彼が松葉杖をつきながらエレベーターに乗り込む。 最後まで見送りたかったけれど、ナースコールに阻まれた。 「それじゃ」 ナースセンターに戻りながら、今夜はまた一人で祝杯をあげよう、牛丼屋じゃなくて居酒屋にしようかな、そんなことを思った。
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