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「夢を見るんです。階段を上がる夢を。ひたすらに長い階段です。辺りは夜のように真っ暗で、ぽつりぽつりと灯りが点いているだけの、足下すら覚束ない階段でした。どこに続く階段なのかは分かりません。何の目的があって上がっていくのかも分かりません。でも、そこに階段があるから上がらなければならないという──言うなれば義務感のようなものに突き動かされて、一段一段、ゆっくりと上がっていきました。一週間前、階段を上がる夢を見始めて最初の踊り場に着きました。そこには貼り紙がしてあって、『五歳。山道』と書いてありました。何のことかは分かりません。それから二日後、また踊り場に着きました。今度は『十三歳。川』と書かれた貼り紙がありました。その翌日には『二十一歳。駅』と書かれた貼り紙。翌日、『四十歳。海』と書いてありました。翌日に見た夢では『五十八歳。屋根』と書かれていました。そして昨日、鉄の扉に行き当たりました。そこには『六十歳。絞首台』と書かれていました。……いったい何のことなんだろうと今までずっと考えていました。でも、今こうしてあなたに話していてふと思い出したことがあります。 五歳の時、私は交通事故に遭いました。父がハンドル操作を誤ったためにガードレールを突き破って谷底に落下しました。私だけは何の被害も被りませんでした。十三歳の時、弟と川で釣りをしていた時です。弟は偶然にも足を滑らせ、運の悪いことに深みに嵌まって溺れ死んでしまいました。二十一歳の時には飲み会の帰り、彼女とともに終電を待っていると、バランスを崩した彼女が線路に落ちて電車に轢かれてしまいました。四十歳の時、妻と子供と海に遊びに行ったんです。妻と防波堤を散歩していました。すると妻は足を滑らせ、岩場に落下し、頭を打ち砕いて死にました。五十八歳の時、私は息子と家の屋根の上で話をしていました。酒が入っていたせいか、息子はふらりと立ち上がった拍子に転げ落ちました。息子が立ち上がった瞬間、私は息子を助けようと手を伸ばしましたが、運悪く腹を押してしまって……。そして今、私は六十歳です。これから絞首台に上げられます。十三段の階段を上がり、首に縄をかけられて、不意に足許が開くんです。体重の行き場を失った体はぶらんと吊り下がるんです。恐ろしいですよ、それは勿論。彼らが体験したことを私もこれから体験するわけですからね」
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