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〈 2 〉終電の後 メッセージ
終電の時間は毎日同じ。
小さな駅舎の掃除をして一日が終わる。
静かな町。
特に変化もなく、繰り返される日々。
古い黒板消しで伝言板を消した。
濡れた雑巾で綺麗に拭いてから、乾いたものでもう一度拭く。
久しぶりに、中学生が書いたらしい卑猥な落書きがあった。
どんな落書きでも一日はそのまま。何かの合図だとは思わないけれど、念のため。
そして終電が出たあとは、必ず綺麗にしておくこと。
何年も前に先輩からそう教えられている。
「誰かがいつでも、大切な伝言を残せるように」
伝言板に伝言を残す人なんて、この時代に本当にいるのかわからないけれど。
その伝言は、ある朝いきなりそこにあった。
昨日、終電が出たあとに見たときはなかったから、早朝もしくは終電のあとに書かれたのだろう。
『海で待っています。
透明になって待っています。』
丁寧に書かれた、美しい文字だった。
僕はその伝言を消さなかった。
消せなかった。
この伝言を書いてもらうために、僕は毎日この古い伝言板を美しく保ったのかもしれないと思えた。
この言葉たちが、伝えたい誰かの元に届くまで、消してはいけない。
そう思った。
それはいつまでだろう。
誰かが、誰かを待っている。
僕たちが育ったこの町の海で。
浜ではない気がした。
もうすぐ、この町が少し賑やかになる夏が来る。
他所からの人もやってくる。
近くの街からも、遠くの街からも。
若者も、家族連れも。
それまでこの伝言を残しておこう。
駅長も何も言わない気がする。
中学の時に聞いた噂。
遠い昔に起きた高校生の心中未遂事件。
もう誰も口にしないそんな噂が頭をよぎった。
八月は、もう目の前。
〈 fin 〉
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