第1章

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「僕は君とはもうつきあっていけないよ。別れてくれ」  宮田敦が言うと、堂島まりえはハトが豆鉄砲をくらったような顔になった。 「何で? 他に彼女とかできた? 私にどこか悪いとこあった? 何でも言って」  つめよるまりえに敦は、 「だからさ、そういうと、こちょっとうざくなったっていうかさ」 言葉は濁していたが、別れたいオーラが顔にはっきり出ていた。 「わかった。後悔しても知らないからね」 と、啖呵をきり、あっさり別れたものの、まりえにとってその後遺症は大きかった。  高校のテニスサークルで知り合い付き合い初めて3年。同級生もうらやむカップルとして順調な交際を続けてきた。大学は別々になってしまったが、付き合いは続いていくものだと思っていた。しかし、入学して一週間でこの仕打ち。まりえは誰をみても敦に見えてしまい、口数も少なくなり、勉強にも身が入らなくなり、学校も休みがちになっていった。  幸い、親と同居していたので、見かねた母親が「気分転換でもしてきたら」 と言ってくれて、まりえは名古屋在住の母の姉の家に行くこととなった。 「わかったよ。こんな家、出ていってやる」  坪井信吾は啖呵を切り店を出て行く。 「おい、待て」  坪井武が制するのも聞かず、信吾は東仁王門通を西に向かい走っていった。 「ったくよ。バカ息子が。ろくに話も聞かず」  武はイライラしていた。 「親父さん、またこれですか?」  アルバイトスタッフの矢部は笑いながら、両手の人差し指をばつにする。 「すまんな。いつも見苦しいところをみせて」 「気にしないでくださいよ。親子喧嘩ができるうちが華ですよ」 「なんだ、てめえ若いのに悟ったこと言いやがるな」  矢部は頭に手をやりでへへとにやついている。そこへ信吾が舞い戻ってきた。 「ほら、もう帰ってきましたよ」 「忘れ物取りにきただけだよ」 「おい」  と武が言うのも聞かず、信吾は店の奥にあったショルダーバッグをひっかけて再び出て行く。 「信吾さん、早く帰ってきてくださいよ」 「親父が譲歩したらな」 と、信吾はドヤ顔でいい、再び家を出て行く。 「親に向かってその口の聞き方はなんだ!」  武は空に届く様な大声で叫んだ。    坪井家は、大須の東仁王門通に「大須Basis」という名前の古着屋を構えている。今でこそ、古着屋の店舗数は増えたが、坪井家が古着屋をオープンした当初から70年になる。信吾で3代目だ。
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