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「……それが、今朝の出来事だったんだけど」
その大きな目をまっすぐ前へと据え、あっけらかんとした表情で、鹿島那穂は言った。
開け放した窓から、澄んだ空気が入り込んでくる。老朽化した雑居ビルの一室とはいえ、風通しがいいのは救いだ。僕は窓の外を眺めながら、那穂の話にどこからツッコミを入れようかと、そればかり考えていた。
「……で、それは一体どこであった出来事なのか、詳しく」
僕の問いかけに、那穂は肩の上の髪を揺らして、迷いなく答える。
「部屋で。寝てるとき」
やっぱり。
「そういうのは出来事じゃなくて、夢って言うんじゃないか?」
「えー? 夢であった出来事でしょ?」
そう言われると、確かに間違っていないような気もする――
「……いや、だめだろ。そこは分けて使おうよ」
僕が否定すると、那穂は首を傾げた。釈然としないらしい。困った娘だ。
「真田、どう思う?」
声をかけられた真田穣がディスプレイから顔を上げ、眼鏡の奥からこちらを見た。
「目覚めた直後の半覚醒状態で、夢での記憶を現実の体験と錯覚するのはよくあることです」
「いや、そういう話をしてるんじゃなくてだな……」
真田は僕の言葉を無視し、再びディスプレイに向かって何事か作業を始めた。
「真田くん、お昼食べないの?」
「さっきコーヒー飲んだから」
どうもこの二人は話が噛み合っていない。
時計を見ると、昼休みはもうすぐ終わりだった。真田はいつものように、休憩中にも関わらずなにかのソースコードを眺めている。
「……あ、そうそうそれでー」
那穂は僕の方に向き直り、話を再開した。
「そいつが私に言った言葉ってのが……」
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