§1 幽霊・その1

2/29
8人が本棚に入れています
本棚に追加
/216ページ
「……それが、今朝の出来事だったんだけど」  その大きな目をまっすぐ前へと据え、あっけらかんとした表情で、鹿島那穂は言った。  開け放した窓から、澄んだ空気が入り込んでくる。老朽化した雑居ビルの一室とはいえ、風通しがいいのは救いだ。僕は窓の外を眺めながら、那穂の話にどこからツッコミを入れようかと、そればかり考えていた。 「……で、それは一体どこであった出来事なのか、詳しく」  僕の問いかけに、那穂は肩の上の髪を揺らして、迷いなく答える。 「部屋で。寝てるとき」  やっぱり。 「そういうのは出来事じゃなくて、夢って言うんじゃないか?」 「えー? 夢であった出来事でしょ?」  そう言われると、確かに間違っていないような気もする―― 「……いや、だめだろ。そこは分けて使おうよ」  僕が否定すると、那穂は首を傾げた。釈然としないらしい。困った娘だ。 「真田、どう思う?」  声をかけられた真田穣がディスプレイから顔を上げ、眼鏡の奥からこちらを見た。 「目覚めた直後の半覚醒状態で、夢での記憶を現実の体験と錯覚するのはよくあることです」 「いや、そういう話をしてるんじゃなくてだな……」  真田は僕の言葉を無視し、再びディスプレイに向かって何事か作業を始めた。 「真田くん、お昼食べないの?」 「さっきコーヒー飲んだから」  どうもこの二人は話が噛み合っていない。  時計を見ると、昼休みはもうすぐ終わりだった。真田はいつものように、休憩中にも関わらずなにかのソースコードを眺めている。 「……あ、そうそうそれでー」  那穂は僕の方に向き直り、話を再開した。 「そいつが私に言った言葉ってのが……」
/216ページ

最初のコメントを投稿しよう!