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「淵川先生さようならー」
「おう、気を付けて帰れよ」
夜の九時、授業を終えた小学六年生の児童たちが、一斉に出口へ向かう。淵川旭(ふちかわ あさひ)は、彼らを見送るために、両開きのドアを開け放した。
「さよーならー、先生」
「はい、さよなら。気をつけてな」
夜遅くまで勉強漬けだったのにもかかわらず、十二歳の彼らはいたって元気だ。
「寄り道しないでまっすぐ帰れよー」
分厚いテキストや、空の弁当箱の入ったリュックを背負い、子供たちの背中が夜の闇へ流れていく。いつもの見慣れた光景だが、複雑な思いがよぎる瞬間でもある。
帰宅時間が遅いから、就寝は深夜になるだろうし、中には今日学んだところを復習する子もいるはずだ。それでも彼らは、翌日の朝には小学校へ登校しなければならない。
――みんな、負けるな。がんばれ
心から応援せずにはいられない。旭は、子供たちが見えなくなるまで、街灯とネオンの点在する夜の街を、切ない思いで見つめた。
「――よう、ブッチー。……お疲れ」
不意に、背後から伸びてきた長い腕に羽交い絞めにされる。
ぐいっと腰を抱えられ、「うひぃ」と変な声が旭の口から漏れた。
「おいおい、更にサイズ縮めてないか? 相変わらず、ほっせぇ腰だな」
「お、大泉さんちょっと、くすぐったい……」
「しっかりメシ食ってんのかよ、これじゃ夜のお勤めもたねえだろ。こんなんで女抱けんのか? ん?」
トーンを抑えた低い声に、耳元で囁かれる。
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