710人が本棚に入れています
本棚に追加
「ご心配無用です。僕は今、フリーなので」
「またまたー、そんな綺麗なツラして何謙虚なことほざいてんだよ。女が放っとかないだろ普通に」
うっ……腰にクるんだよなあ、この声。
首筋から腰までゾクゾクさせるバリトン。ぐっと堪え、旭は大泉準壱(おおいずみじゅんいち)の拘束から逃れようと身じろぎする。
けれど、服の上からでも筋肉量のわかる太い腕は、がっしり腰に回されている。疲労感のたっぷり溜まったへなちょこな身体で抵抗してみても、びくともしなかった。
「もおー、ほんとにやめてくださいよー。子供たちが見てるでしょ」
準壱が低く笑うたび、熱い息が耳の後ろにダイレクトにかかる。粘膜と皮膚から襲いかかられているようで、変な汗が吹き出しそうだ。
「これも大事な社会勉強だろ。ほら、可愛い子には旅をさせろって言うだろうが」
いったいどんな社会勉強だ。
「それ、意味が違いますから! それに僕は、天(そら)くんをはじめ六年生のみんなの大事なこの時期に、精一杯できる限りのお手伝いをしたいんです。だから、彼女とイチャついてる暇なんかありません!」
旭はぐっとコブシを掲げた。自分でもジンとくるようないいセリフを言ったのに、準壱に腰を抱えられている状態なので、格好悪いことこの上ない。
「……そうか、ブッチー」
ふっと拘束が解ける。しかしホッとしたのも束の間、今度はくるりを身体をひっくり返された。
「あんたは、ソラや他のガキどものために、プライベートを犠牲にしてまで頑張ってくれてるんだな! 俺は……感動した!」
準壱は、正面から旭の両腕をがっしり掴んできた。指が食い込んで痛い。けれど、その手は微かに震えている。
最初のコメントを投稿しよう!