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「ありがとうよ、ブッチー! あんたはスタッフの鏡だ! 俺とソラの勝利の女神だ!」
「いやあのー、僕、男なんで……」
ぎゅうぎゅうときつく抱きしめられ、準壱の髪が旭の頬に触れる。それは意外にも柔らかくて、妙な気分になりそうで怖い。
身体も脳みそも疲労困憊だからだろうけど。あるいは、硬くて厚い胸板が原因なのか……?
毎度の繰り返される光景に、子供たちはすっかり慣れてしまったようで。またやってるよー、なにやってんのー、と、旭と準壱を見て笑いながら通り過ぎていく。
受験勉強を頑張っている子供たちの、笑顔を目にするのはやっぱり嬉しい。勉強漬けの日々だからこそ、笑うことは貴重だ。
旭は、セクハラおやじの準壱に抱きつかれたまま、一人一人に笑顔で声をかけた。
「ブッチー」
反射的に身体がぶるりと反応した。また、低い声で囁かれたせいだ。無駄にいい声は、いちいち困る。
「あー、父ちゃんてば、また淵川先生にセクハラしてる~!」
「お! ソラお疲れ! 今日も頑張ったな」
準壱の一人息子である天(そら)が、六年生の教室から出てくる。準壱は、天の頭をくしゃくしゃと撫で、天は父親の腕に絡みつく。
その様子だけで、この親子がどんなに仲が良いのか、うかがい知ることができる。
「淵川先生、さようなら」
「じゃあなブッチー、お疲れさん。また明日も頼むぜ」
すれ違いざまにスッと伸びてきた準壱の手の平が、旭の尻をぐっと掴んでから離れる。
当然、自分は女の子じゃないから、悲鳴を上げたりぜず(もちろん毎回驚くけど)ソツのない笑顔を向けることができる。
単に、身体が慣れてきているだけだが。
「はい、お疲れさまでした。さようなら、天くん、また明日ね」
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