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「お待たせしました。淵川です」
『ブッチー? なんだよ、いるなら早く出ろよ』
噂をすれば影。準壱だ。
「す、すみません、ちょうど電話中だったもので。あの、今日の国語と社会の授業で、天くんが格闘していた部分に印をつけてコピーとっておきましたので、この後ファックスしますね」
『お! わかってきたじゃねえかよー、さっすがブッチー。なんとかの呼吸ってやつだな。あうん、だっけか? 助かる助かる。そんじゃあ、また電話すっからよ』
「はい、失礼します」
旭はさっそく、たった今話した内容のA四サイズの紙を五枚、揃えてファックスに入れた。
何でもデータでやり取りするのが当たり前のご時世にファックスとは古風だが、社用のパソコンからのメール送信などは一切禁止されている。だから保護者へ資料などを送る場合は、必ずファックスを利用している。
準壱も当然のようにメール添付を希望していたのだが、事情を話したらすぐに理解を示してくれた。ただ、自宅にファックスがないらしく、旭はいつも彼の職場に送信している。
「最近はずいぶんスムーズに対応するようになったわよねー。前はあんなに嫌がってたのに」
からかうように雅美に言われ、小さく咳払いした。
「……うるさいな。別に嫌がってたわけじゃないし」
ちょっと気恥ずかしくなり、旭は真面目に仕事を片付けるふりをした。
――確かに、最初の頃は大泉さんの要求がひどく面倒なことに感じていたっけ……
中学受験を目指すなら、四年生から塾へ通うのが一般的だ。けれど、天は五年生の二月に滑り込みで塾入りした。
その時期は、六年生たちがちょうど試験の真っ最中であり、五年生たちは「新六年生」として進級する。小学校では五年生でも、塾では六年生扱いになり、授業は学んできた授業の復習に入る。
せめてあと一年決断が早ければよかったのだが、あらゆる大手の塾や個人塾に入塾を断られた天を、最後に受け入れたのが、ここ、前進舎だったのだ。
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