1.8月12日

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じわん、と店の外の景色が揺らぐ。 背筋に水を落とされた感覚に、司はバッと振り向いた。 (―――・・・なんともない?) 経年劣化のガラスで、景色は鮮明には映らなくとも、特に異常は無い。 気のせい、だろう―――、と司は思った。 この時期になると、余計に神経が過敏になる。 たったの3日間だけなのに、それが始まる日まで、あと数日。 始まってしまったら、またイロイロ面倒だが。 今も台風が来ている間の、頭と体が圧迫される不快感が纏わりつく。 「司?」 店の奥の、藍染の暖簾の間から千加が顔を出す。 「何か嫌なもの、見たの?」 「・・・なんでもない」 気のせい。 そう思い込ませて、司は踵を返した。 腰下くらいの高さの、この広さにはそぐわない巨大な木製机が出迎える。 その上にはスナック菓子の入った浅い長方形の籠、飴玉がぎゅう詰めのプラスチックの蓋 付きびん。 机によって店内はコの字の動線が出来上がっている。 大昔は見上げる高さで、その中を見るのが、密かな憧れだった。 今ではすべての中身を一望できる。 色褪せた昭和のアイドルや、銀幕スターのポスターが見下ろす、壁際の長い机には 煎餅やチョコレートなどバラ売りの菓子が店内を占拠している。 レジカウンターは左側の奥にあり、反対側には四方がガラスに覆われている、年代物の冷蔵庫。 ラムネやオレンジジュース、シナモンの香りが付いたカラフルな飲料水が入っている。 ここは普段、千加の祖母が営んでいるのだが、寄る年波には勝てず、熱中症で救急搬送された。 幸い命に別状はなく、病院のベッドで「食事がまずい」と文句を言っているそうだ。 レジカウンターと商品台の間に掛けられた、藍染の暖簾をくぐれば、すぐ左に小上がりの畳部屋がある。 部屋の真ん中に丸いちゃぶ台。 左の壁際には小型のテレビ。 そして、もう何十年使っているか不明な扇風機が置かれている。 右側の引き戸の奥には台所と浴室がある。 大昔は、千加の曾祖父夫婦の居住場所だったが、今は千加の祖母が休憩場所として活用している。
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