第2章 8月13日ー邂逅1ー

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信号待ちの間、空を見上げれば、鼠色の靄みたいな雲が広がり始めていた。 余り長居は出来なさそうだと、やや早足で松ぼっくりへと急いだ。 大通りから離れて、住宅街に差し掛かった途端、一滴二滴の雨粒がバケツをひっくり返した様に大降りになった。オマケに雲の天井を這うドラムロールまで鳴り始めた。 司はメッセンジャーバッグを頭に乗せて走った。 湿った薄墨色の中、生い茂る緑が視界に滲み出てきた。 ズボンの裾に雨水を跳ねかせながら、一直線に其処へと向かっていると、 (?!!) 薄墨色の景色の中でも、ハッキリわかる、墨汁に墨を全部擦ったくらいどす黒い靄が渦巻いていた。 住宅街なのに、そこだけ、空間が歪んでいるみたいになっている。 丁度、道の左側の電柱の根元に。松ぼっくり通じる道沿いに。 今日は8月13日。 提燈を灯し始める日だ。 神社には近づくな、そう言い伝えられている。 でも、行くのは神社じゃない、いつも入り浸っている駄菓子屋。 司は道の右側に寄って、縁石を右足で踏みながら、どす黒い靄の横を通り過ぎた。 とっとと走り抜けたい気分だったが、片足を縁石に乗せながら、ダッシュするのは難しい。 でも、なるべく距離は取りたい。両方の考えが拮抗した結果だ。 数秒、きっと泡が幾つも沸き立つ時間にしか過ぎないのに、何時間にも感じられた。 一気に背中が凍り付く。 ぐわぁっと背後からどす黒い靄が、鯨が捕食するみたいに口を開けて来ていた。 振り切ろうとした瞬間、右足が縁石から滑り、水たまりに倒れ込む。 どす黒い開口が閉じる寸前、ガラスを叩きつけた様な音がした。 左手首を見ると、目玉の石がすべて割れていた。 どす黒い渦が怯む様にやや薄まる。 司は、弾かれた様に走り出し、松ぼっくりに一目散に飛び込んだ。 軋む引き戸を乱暴に閉めて、藍色の暖簾を抜けて、小上がりを上った。 「はぁっ、はぁっ」 マラソンでもしてきた後みたいに、心臓がバクバク言ってる。 ぐしょ濡れのTシャツが皮膚にへばりついて気持悪い。 水滴が次から次へと、畳に落っこちていく。 店の奥に飛び込んだものの、ああいうのは瞬間移動してくるから無意味な気もするが・・・。
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