第3章 8月14日ー邂逅3ー

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千加が、白塗りに目張り、紅を差した唇。 結髪を飾る、豪奢なべっこうの簪。 金銀刺繍が施された着物に、まな板と呼ばれる巨大な前結びの帯。 不覚・不謹慎にも綺麗と思ってしまった。なんか女子が化粧化粧騒ぐのが若干解った気がした。 「この子、あんた目当てで、ウチに身売りしたんよぉ~。あんひとのツケ払いのカタに」 「あらぁ~、おにぃさん、可愛いわぁ~」 正座する司に花魁姿の千加が色気を含んだ眼差しを向ける。 (コレほんとに千加ッッ??) 猫撫で声に廓コトバ? いつもの小姑感丸出しのとは180度ちがう? キャバクラでおねーさんに絡まれた男子高校生状態だ。 「おなまえ、なんと言うんでありんす?」 「つ、つかさ・・・、です」 なんで、コイツ相手に緊張してんだ、と突っ込んだ。 見た目が変わるだけで、こんなにも別人に見えてしまうのだろうか? でも、あながち今は『全くの他人』と言っても間違ってはいない。 「ツカサちゃんいうん?可愛いおなまえ」 (俺の事が分からない?) 静かな衝撃は、確実に心を抉った。力の入らない足でも、廊下の床板はギシリと音をさせる。 「そうそう、あんひとの事だから言い忘れてただろうけど、最後の日にならなくても、水揚げが終わったら、すべて水の泡よ」 「えッ―――!?」 「まぐわうって言うのは、そういうもんよ。身体の内側から、染まるんだからね。昔からの習わしみたいなモンやから、ワケは考えた事ないけど、連れてこられたニンゲンは、全員前居たトコの事忘れてるんよ」 (だから、一番強い感情を思い起こさせろって事なのか?) 「まぁ、ウチはどっちに転んでも構わんよ。李ちゃんが水揚げしても、なんもかんも忘れたまんまでも」 (後、二日・・・) 絶望しか見えない暗闇をもがくことすら、出来なかった。
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