第1章

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 奪われた下敷きを取り戻そうと、両手を挙げているせいでがら空きになったミゾオチに蹴りを食らわす。倒れた彼の襟首を、仲間全員、交替で引きずりまわした。  十一。  台所で、母さんが言った言葉。 『まさか、クラスのお友達が自殺するなんて。原因はわからないんでしょ? かわいそうに、まだ子供なのに』  十二。 『あいつがバカで助かったよ。遺書に名前でも書かれちゃ面倒なことになったもんな』   ぱたん。靴下を履いた足は、十三段目を踏むことなく、屋上前の踊り場についた。 「ハハッ、ハハハ!」  笑って、手に持った半紙を丸めて放り投げる。  よく考えれば、同姓同名の奴ぐらいいるだろう。それに、リボンだって昔からあるおまじないだったら、今の子が同じ事をしていてもおかしくない。  少年の姿はない。きっと屋上へ出ていったのだろう。いくら何でも不用心すぎる。学校も、鍵ぐらいかけておくべきじゃないか。  戸にむかい、一歩踏み出した右足が、やわらかい物を踏んだ。  自分の足が、子供の腹を踏みつけていた。そう。まるで、十三段目の階段のように。  緑の、縞のシャツがめくれ、不気味な青白い色の腹が見えていた。驚くほど細い首。明らかに血の通っていない、粘土のように青灰色の顔。唇が開き、口の中の闇がのぞく。  飛びのこうとした足を、鉄の罠のように強く、細い両手がつかんだ。  挙げたはずの悲鳴は、ひきつれた喉の中で断ち消えた。  セミの大きな声のせいで、浦西は携帯にむかって大声を挙げなければならなかった。 「もしもし、細川の車みつけましたので、乗って帰ります! 自殺の原因? 知りませんよそんなの!」  ハンカチで汗を拭く。なんでこんな暑い日に、同僚の尻拭いをしないといけないのか。自殺だなんて同情しないでもないけれど、もう少し涼しくなってからすればいいのに、と彼は冷たい事を考えた。  さっと見回した空き地は、強い日差しで乾ききり、白く輝いている。校庭用の砂を厚く敷かれ、長年踏み固められてきた土はさすがに堅すぎるのか、雑草はちらほらとしか生えていない。 「変だっていうなら、大体ここ、何年も前から空き地だったんですって。学校が統合されて、ボロボロだった校舎も全部取り壊されたらしくて」  空き地に、警察が書いた×印が残っていた。
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