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三
エンジンがかかったままの車の中で、別れの言葉を見つけられずに、2人の沈黙は続いた。
最初に沈黙を破ったのは、沙耶だった。
「じゃあ、帰るね。送ってくれてありがと。」
僕は答えずに、沙耶の手を掴んだ。
「やっぱり、駄目か?」
「それは、ルール違反でしょ。」
「沙耶は俺のこと、好きじゃないのか?」
見苦しい質問なのは分かっていた。だが、こんな安っぽいセリフしか思いつかない。
「好きとか嫌いとかそういう問題じゃないでしょ。」
答えになってはいないが、僕は言い返せなかった。
最初は軽い気持ちだった。職場の飲み会が終わり、帰る方向が同じだったので、2人でタクシーを拾おうとしていた時だった。
「もうちょっと飲まない?どうせもう終電無いし。」
沙耶からだった。
静かなバーで、沙耶の仕事の愚痴をひととおり聞いた。
「なあ、今日、どっかに泊まらないか?」
軽い気持ちで誘った。沙耶もそうなのではないかと勝手に判断した。
「うん……。」
それが僕らの関係の始まりだった。
「あんまりそういうことばっかり言ってると、もう会わないよ。」
おどけた調子で沙耶が言った。
「ごめん。じゃあまたな。」
沙耶の手を離した。名残惜しいがしょうがない。
「またね。」
沙耶はそう言うと、車を降りた。
「………。」
何か呟いたような気がしたが、聞き取れなかった。
沙耶は振り向かずに、アパートに入っていった。
誰もいなくなった助手席に潮風の匂いが少し残っていた。
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