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砂浜に降りると、私は少しはしゃいで、波打ち際に小走りで近付いていった。孝司はそれには付いてくることもせず、ゆっくり歩いてきた。
本当はこういうことをしてはいけない。自分で分かっている。孝司に求められた時だけ、会う。それ以上は求めちゃいけない。私の中のルール。
誰かに見られるかもしれないし、私の足に付いた砂が、孝司の車に落ちてしまうかもしれない。
それでも、ほんの少しだけ、何かが欲しかった。いつも、言えない言葉を飲み込んでいる自分を納得させるための何かが。
「孝司、気持ちいいよ。」
そう言って私は、孝司に向かって手を振った。
「………。」
あんまり聞き取れなかったが、孝司は来てくれるだろう。
孝司が波打ち際にたどり着くと、私は孝司の所に駆け寄った。少し息が切れた。
「ハァハァ。少し歩こっか。」
周りを確認して、手を繋ぐ。どちらからともなく、自然な流れ。孝司の右手は私の左手を包むのに丁度いいサイズ。幸せの感触。
2人とも無言で歩いた。今の2人には波の音だけで十分な気がした。いや、それとも、波の音の前では、自分の発する言葉に自信を持てなかっただけかもしれない。
「大丈夫か?」
孝司が心配そうに私の表情を窺った。慌てて笑顔に戻した。
「大丈夫だよ。そろそろ行こっか。」
私から手をほどいた。
「家に帰らないといけないでしょ?」
「うん。そうだな。」
本当はほどきたくなかった手を、砂を払う仕草で誤魔化した。孝司が右手をポケットの中に突っ込んだ行為に少し寂しくなった。
私達が車に向かうと、波の音より行き交う車の音の方が耳に入るようになった。
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