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「本当に残酷なことを言いますね」
「ごめん」
その謝り方が可愛らしくて、ぼくは思わず微笑む。
「そろそろ後ろを向いても良いですか?」
平坂さんは小声で「良い」と言って、ぐすんと鼻をすすった。
「――将棋はついに、何も与えてくれなかった。ずっと、そう思っていました」
遠くを見つめながら、ぼくは続けた。
「もう少し楽しめば良かった。棋道部に入ってみんなでワイワイ指すだとか、やっぱり棋道部には入らずに郷土史研の美人さんをミュージアムに誘うだとか――」
「また、いつでも来てよ。“幽霊部員”さん」
そうしたいのは山々だけど、難しいだろう。何故ならぼくは平坂さんの言葉でもう、随分と救われていたのだから――。
*
少女は一人きり立ち尽くしていた。
あの少年は――将棋大会の翌日に部室棟で首を吊った彼は、無事にあちらへと旅立てたのだろうか。そうあって欲しい。さっきまで少年がそうしていたように、像とは反対の方を見つめて、少女は祈る。
大井川のはるか向こうに佇む悠久の芙蓉――富士山はその日も美しかった。
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