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地銀の交差点を左に折れ、ショッピングモールの脇を通り抜けると、大井川に出る。
「箱根八里は馬でも越すが、越すに越されぬ大井川」と詠われた大河には、全長九百メートル近い木造橋が掛かっている。蓬莱橋。木造歩道橋としては世界一の長さで、東北地方の小藩が超高速で参勤交代した帰りに何故か通った橋としても有名だ。有名か? 何にしてもこの橋を渡った先が、茶どころとして知られる島田市初倉地区である。
平坂さんは橋の側の小屋まで走り、木箱に百円玉を落とした。何とこの橋、渡し賃が掛かる。
「振り返るの禁止ね。どうせ帰るときに見られるんだから」
大井川の河原のただ中を突き抜ける木の橋――その向こうに、鬱蒼とした森と澄み渡る秋晴れの空とが、広がっている。
「結構、風、強い」
平坂さんは意識して前に視線を固定して、言った。
「そう言えば高所恐怖症でしたね」
「そそ、そんなことないよっ」
欄干が低く、橋板と橋板の隙間から下が透けて見えるので、平坂さんには苦しいのだろう。こういう時は、何か熱中できる話を振った方が良い。
「どうして初倉に行こうと?」
「中條景昭像のところにでも行こう、と思って」
「……ええと、誰でしたっけ」
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