現実

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 ハバくんとピエロの大捕り物は新聞に載った。しかも写真付きで。「お手柄のピエロくん」さすがに狂ったピエロではなく、メイク直しをしてからのピエロで写っている。  新聞記事は小さかったけど、公演ハッピーハッピーのチケットは完売となった。劇団創設以来、初めてのことらしい。チケットを購入した人の中にはハバくんが出演すると思った女性もいたらしい。  ハッピーハッピー初日に杉浦くんはゆりを招待してくれた。劇団の公演なんて初めてきたので、ゆりは劇場の狭さに驚いた。小さな空間は舞台と客席が驚くほど近い。客席は長椅子を並べて座れるだけ座らせるみたいで、かなり窮屈だ。  開演のブザーが鳴っても観客のざわめきはおさまらない。照明がおちて、舞台の中心にスポットライトが当たると、ピエロが現れた。杉浦くんだ。「ようこそスター劇場に」やっぱり良い声だと思う。 ピエロが「ごゆっくり、お楽しみください」とお辞儀をすると再び舞台が暗くなった。女性の雄叫びで幕が上がった。 たぶん戦国時代の物語らしい。演技の良し悪しはわからないけど、ゆりにも舞台に立つ人たちの情熱はわかった。みんな声を張り上げて小さな舞台いっぱいに動いている。 舞台の端で、ただ一人全く動かない人物がいた。ピエロだ。一応登場人物なんだ。  2時間の芝居が終わった。どうしてピエロが立っているのか、戦国時代から、突然(タイムスリップするわけでもなく)第2次世界大戦中になったりするのか、ストーリーは理解できなかったけど、ゆりは感動してしまった。  カーテンコールの拍手に役者たちは満足気だ。ピエロも拍手に答えて大きくお辞儀をした。ゆりも手が痛くなるほど拍手を贈る。  最初のあいさつ以外、とうとう最後まで一言もなかったなぁ。良い声してるのに……。  (了)
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